光の時計塔

それからは、無我夢中でした…
お邸の隅の小屋に引き返すと、お嬢様に言われた箱を開けました。中には優等人類の男の子用の普段着、帽子、鞄の中に、お札の入った物入れ…
箱と一緒に預かった長い袋の中には…何と、研ぎ澄まされた、刺突用サーベル…
旦那様がよく「お前は実験台だ」と称して、実際には質の高い稽古をしてくれた…それに、お嬢様をお守りする目的もあって、刺突サーベルの使い方は、並みの帝國将兵など問題にならない位に鍛えてある…
お嬢様が「お仕置き」に好んで使うような長鞭も入っていた…これも、使い方は見ている…

ピカピカのロングブーツと手袋を身に付け、優等人類に成りすまし、端正な石造りの建物が並ぶ都を抜け、北にある『黒い森』へと…
優等人類の少女5人が殺害したという知らせが、あちことでウワサされている…
「? 自殺じゃなくて… 殺害になってるの? …まさか…」

『五人の気高き悪の娘たち 自ら地の底へと堕ちて行ったあとに  滅びを望む高貴な娘 二本のの若き牙を折る事を望む…』
そんな予言の、秘密中の秘密の詩の一部が、頭の中をよぎる…意味はよく分からないけれど、言わんとすることは分かる…
「急がなくちゃ…」

「犯人は、死んだ少女のお付の、劣等人類の娘らしいぞ」
「何という野蛮で、卑して、狡賢い奴なんだ!」
「見つけろ!」「殺せ!」「嬲り者にして、見せしめにしろ!」
あちこち乗馬服や軍服を着込んだ男たちが気勢を上げる。
馬たちは嘶き、男たちのロングブーツの駆け足の足音…
「王女様が劣等人類討伐隊を組織されたそうだ」
「犯人はリーサとかいう劣等人類の娘、劣等人類の長老どももかかわっているに違いない」
「南の蛮族どもも、流浪の民もだろう…みんな殺せ!」

…なんだか想像もつかないような、恐ろしい事がはじまりそうな気がしました…
どうやらこれには、あの小悪魔な王女様が絡んでいるような気がしました…お嬢様の言葉を信じれば、王女様は後妻の娘…
皇太子と弟の王子様が決闘で相討ちした今となっては、公式には唯一の皇位継承者…そして、私の腹違いの妹…
お嬢様の言葉が事実で、それをあの小悪魔王女様が知っていたら…最後の厄介な存在は…私…?

それでも、優等人類の男の子の服を着て、手袋をはめ、ロングブーツを履き、刺突サーベルを帯剣した私は、怪しまれる事もなく、都の門を出ることが出来ました…今思うと、男の子の服を用意していたお嬢様は、そこまでお見通しだったのではと…

『黒い森』は、別名、死の森…
あまりに深く、コンパスさえ役に立たず、一度迷えば、もう二度と出られることも無い、迷いの森、死の森…
神隠し、呪い、アビス…そんな言葉で語り継がれてきた、禁断の地…

ぬかるみ、倒木…様々なものが、行方に立ちふさがっている…それなのに、お嬢様からいただいたロングブーツは不思議な力で、私を軽やかに、疲れ知らずに、そして勇敢にしていく…

「他の世界へ行ける乗り物…馬車?」
そんなものは、有りそうもなかっし、あったとしても、こんな深い森の中では、一歩も動く事も出来ないと思う…
さすがに疲れと不安を憶え始めた…「少し休まないと…」

少し開けた草地を見つけ、真ん中の枯れた一本杉の下で、一休みする事にした。
雷に打たれたのか、枯れて幹だけになった一本杉にもたれ、鞄から急ごしらえのお弁当を取り出す。
チーズを挟んだ粗末なパンと林檎…干し肉と乾麺棒は非常用にして、水筒の紅茶を三分の一だけ飲む事にした。
「あ〜あ…どうしよう…戻った所で、行く所もないし…はあ…」

その時、一本杉だと思っていた背もたれの柱のてっぺんが光り輝きはじめました。
「何なの? またお嬢様のお好きな、訳の分からないからくり…ですかぁ?」
幹のてっぺんの、玉のような光の輝きの中に、二本の針が、深呼吸をしたときの手のような位置で止まっているのが見えた…
「時計とかいう、からくり…?」
そうかと思うと、草地に光り輝く平べったい石が…一段、また一段…斜め上へと、階段のように、重なっていく。
少し螺旋を描いて、上へ上へと、まるで天上へとつながるような、光の石の階段…
あわててお弁当をしまい込み、一歩、また一歩と、それを昇っていく。
…別に昇ろうと思ったわけじゃない…ロングブーツが勝手に、昇って行ってしまう…

昇りきった所は、もう森の木々よりも高い場所…細長い、光の踊り場…遠くに、華やかだが冷たい、都の灯りが見える。
真下にある、さっきの一本杉のような柱の二本の針が、少し動いていた…やっぱり時計なのか…
「ここから落っこちたら、痛いじゃすまないよねえ…」

そう思った私を脅迫し、追い詰めるように、向こうから轟音とともに、強烈な二つの光が、轟音を立てながら、私に向かって突進して来る…
「…お嬢様、今度は何のご冗談を…お嬢様の死も、ご冗談でしょう?」
そう叫ぼうとも声も出ず、さりとて逃げようにも、今度はロングブーツがぴったりと光の踊り場に張り付いて、一歩も動けませんでした…

ぶつかる…そう思っていた二つの灯りは、徐々に速度を落とし、光の踊り場には衝突せず、そのすぐ横を掠めながら、通り過ぎていく…
二つの光が、巨大な箱の前に付いていた事が分かり、その箱が過ぎると、その後ろには、窓がついた別の箱が幾つも幾つも連なっているのが分かった。通り過ぎる窓の列からは暖かそうな灯りが漏れ、その中には馬車のような椅子が並び、所々に、様々な恰好をした人が座っているのが見えた…
轟音は徐々に小さくなり、その音も、地震や火山の様な唸りではなく、「カッタン、カッタン…」というリズムの、軽やかな音になって、それが更にゆっくりと、小さくなっていく。
「とてつもなく長い屋根付馬車が幾つもつながって、それを馬じゃない、大きな箱が引っ張っているの…????」
やがて長い馬車のつながりは止まった…
一瞬、静寂が戻った…
目の前に止まった箱の扉が開き、中から制服のようなものを着て、帽子を被った人が、声をかけてきた…

え〜ん…お嬢様のロリィタドレスの着せ付けなら出来るけど…優等人類の男の子のお服を…しかも自分で着るなんて…
難しい…え? 何これ? ボタンが右側に付いてるじゃない? 優等人類の男の子たちって、こういうの、着難くないのかしら?
え? なんでパンツの前がこんなに開くようになっているの? ……あ、そうか…男の子だもんね…なるほど、なるほど…ぽっ…♪
…それにしても、ちゃんとロングブーツが履きこなせるという事は…私にも…じゃない! 今は男の子のふりしなきゃ。
…ボクにも、湯桶人類の血が流れているんだなあ…

優等人類少年のするお化粧も半ば。あれこれと心配しながら、悩む姿…
そんな表情を、うまく出せたかどうか…


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